楽浪郡・帯方郡

[らくろうぐん・
たいほうぐん]
中国・漢の武帝が紀元前108年に衛氏朝鮮国[えしちょうせんこく]を滅ぼして設置した都であり、現在の北朝鮮ピョンヤン付近にその中心地の広大な遺跡が残っています。また帯方郡は、紀元2世紀頃に中国・魏王朝によって、楽浪郡の南方を分割して設置されました。
ここで作られた土器や多くの先進的な道具などが一支国を経由して日本列島にもたらされました。『魏志』倭人伝[ぎし・わじんでん]には、帯方郡から倭国(日本)に使者を派遣して、皇帝の詔書と黄幢[こうどう](黄色のはた)をもたらしたとあります。倭国の統治にも深く関っていたことが窺われます。

[←]または[クリア]で前ページへ戻る

(c)2009- 壱岐市